手から幸せをぶらさげている
街ゆく人が持っているショッパーを見て、買い物の前後を想像する癖がある。中身は見えないが、自分の欲しかったものや誰かにあげたいものが入っているとみて、ほぼ間違いないだろう。そう考えると、少しだけ幸せな気持ちになる。
この癖のはじまりは、ミスタードーナツの箱だったと記憶している。女性が手にぶらさげているのを見て、なんとなく「いいなぁ」と思った。あの箱を持ち帰った先には、楽しい時間が待っているに決まっている。というか、「不幸なことなんて起こすなよ、神様」とまで思う。
和菓子屋さんの紙袋をぶらさげている人は、全体的に重厚感がある。再会、感謝。そんな言葉が浮かんでくる。謝罪という言葉も浮かぶ。いずれにせよ、後ろ向きなものではない。相手との関係を深めたり、継続させようとする前向きな姿勢に見えてくる。
アパレルショップの紙袋は言うまでもなく、いい。服や靴を買う行為には、何かに挑戦したり、新しい自分を想像したりするワクワク感がある。きっと家に帰ったら、鏡の前でファッションショーをするだろう。持っている洋服と合わせながら、週末のことを考えたりするはずだ。僕ならきっとそうする。
スーパーやコンビニの袋でさえ、いいなぁと思える。夜、若い男女が袋をさげて歩いているのを見ると、なんだか愛らしくなる。キッチンに並んで料理をする姿や、ワンルームの部屋で横並びになってテレビを見ながら笑いあっている姿が浮かぶ。
一般的には社名やサービスの認知拡大が目的とされるショッパーだが、むしろ周囲の人を幸せな気持ちにさせるポテンシャルのほうがあるんじゃないだろうか。ショッパーは社会の幸福に貢献している可能性が大いにある。少なくとも、僕は勝手に幸せのおすそわけをしてもらっている。
